2005年12月26日
イタリア・アルベロベッロ

クロアチアからイタリアへと渡る船の中で2人の日本人と知り合った。
彼らは偶然にも僕と同い年で、僕と同じく一人でヨーロッパを旅行している大学生だった。
一人は男、一人は女の子。
船上で三人の話題はもっぱらアメリカの同時多発テロの事だった。
もちろんその時はテロか事故なのかすら分からない状況で様々な憶測、
情報が身の回りを行き交っていた。
明確な情報を得ないまま旅を続ける不安、
飛行機が飛ばなくなってしまった事実。
そんな中、日本人とであった事で3人は少しほっとしていたんじゃないだろうか。
話題がイタリアの「どこへ行きたいか」と言うのになった時、
女の子が不意に「アルベロベッロに行きたい」と言い出した。
男二人はまったく聞いた事もない土地だったので
「??、なにそれ?ベロベロベッロかぁ??」などと冷やかしていると、
「そこは世界遺産でスゴイいいところらしいんだよ」と力説し始めた。
そんな話を聞いていると男二人も興味を持ってしまったので
「そこまで言うなら行ってみようか」と3人でいく事になった。
イタリアについて電車に乗り、約3時間。
下手なイタリア語で車掌さんに「ついたら教えて」とか言っっていたので
スムーズにアルベロベッロにつく事が出来た。
そこは南イタリアの風景にくるくるまきのかわいい家が立ち並んでいる所だった。
2005年12月27日
白壁

白壁の町並みに石積みの屋根、
その独特な町並みが青い空と太陽の降り注ぐ南イタリアの風景とよく似合っている。
そんな町中を3人は散歩しながらお土産やを物色したりしていた。
ある店に入った時日本語で声を掛けられた、
そこの女主人は日本人だったのである。
その人は色々と気さくに話をしてくれて、
ここの地域のことや食べ物の事など色々と教えてくれた。
そんな彼女はイタリア人の夫とここで店をしているとの事だった。
そしてそこで初めて僕らはその人からアメリカの事件はテロであった事、
今アメリカはただならぬ状況である事を教わった。
これから旅のベクトルをアメリカへと向けていた僕は果たして
自分はアメリカへと渡れるのか、少し不安になった。
2005年12月28日
アルベロベッロのイヌ

太陽がオレンジ色になり始める頃、
僕ら3人はアルベロベッロの町から離れて畑道を歩いていた。
この畑道にあるクルクル屋根の小屋に荷物を隠していたのだ。
そしてその日はもう別の町に行く気は起こらなかったのでそこで野宿する事になった。
もちろん持ち主には無断だったが。
近くのスーパーから小屋の中に寝床を作るため
ダンボールや新聞紙をもらって来て小屋へと帰るとき、
一匹のわんこが自分らになついてきた。
人に分かってしまうとまずいので、そのわんこを小屋の中に入れるわけにはいかない。
かわいそうだが自分が囮になってそのわんこをまく事にした。
なぜが自分によくなついたからだ。
うまい具合にほかの二人と別れた後、
そのわんこをつれてひたすら畑道を歩いていった。
そんな夕暮れ時の石垣の道とわんこがいい味を出していた。
そして広いオリーブ畑に着いたとき、僕はそのわんこを置いて駆け出した。
「置いてかないで」といわんばかりの顔でわんこが追いかけてきた。
胸がちょっと痛んだが石垣を飛び越えて走り何とかまく事が出来た。
小屋に帰ると夕食の準備が出来ていた。
いくつか買ってきた食べ物と飲み物、
そして自分がそこら辺から採ってきたイチジクの実やブドウがその日の夕食だ。
自分は日本ではよく野宿していたが海外で野宿するのは初めてだった。
無論彼らも。不思議な縁から一晩3人で色々な話をした。
これからの事や、今の事、二十歳になったばかりの自分らには話す事が山ほどあった。
2005年12月29日
遺跡の水溜り

また、一人になった。
僕はナポリに来ていた。
そしてそこは火山に埋もれた街ポンペイ。
広大な遺跡となってしまった街の回廊に小さな水溜りがあった。
そこに写った四角い空。
そこでシャッターを切った。
どれもが昨日とはまた違う意味を持っていた。
2005年12月30日
コロッセオ

コロッセオ、石積みの巨大な景観が青い空によく映える。
周りに群がる観光客に混ざりながらシャッターを切った。
ここローマに着いた僕は韓国人宿に泊まっていた。
前に知り合った日本人が教えてくれたのだ。
つたない韓国語を駆使してコミュニケーションを図るのだったがやっぱり無理だった。
ただそこのおばさんが中国系韓国人(朝鮮人)だったので中国語が通じ、
皆と話す時は英語・韓国語・中国語の飛びかう面白い状況だった。
2005年12月30日
ナポリの下町

ナポリって町にはどこか人の哀愁を感じさせる風景がある。
真昼の町の日の当たらない長い路地。
不意にラジオから聞こえる雑音に混ざったシチリアーノ。
そういうのは自分にとってただ通りすぎる事は出来ない風景だった。
2005年12月31日
光

この前日には記録的な大雨が降って町中が水浸しになり、
ありとあらゆる交通機関がストップし大変だった。
でもそんな一時の混雑は過ぎ去って、今目の前にあるのは静寂に包まれている海岸線。
わずかに波の音が聞こえてくる。
雲間から見える光。曇りとも晴れともいえない天気。
そんな空間が不思議に落ち着く僕だった。
2006年01月01日
トレビィの泉

ここはローマの街中にある噴水。
よくコインを後ろ向きに投げるとローマにまた来れるといわれているところだ。
ヨーロッパにはいって美術品を色々見ていたのだが自分は特に『彫刻』が好きだった。
この泉を見ても分かるようにそのリアリズムさに目を奪われる。
そんなここの彫刻たちは何百年もここに立ち続けているのだろうか。。。
2006年01月02日
真実の口

午後の日差しが強いなって思い始める頃。僕は真実の口の前についた。
そこはまったくイメージとは違うところにあった。とある小さな教会の片隅。
『ローマの休日』、ただそのイメージしかなかったが
実際はひっそりとした雰囲気に包まれていた。
2006年01月03日
バチカンの天使

バチカンからでてきて周囲をふらふらと散歩していた。
橋に差し掛かったところで天使の像が幾体か空を見上げていた。
わずかながら青空が見える。
天使達はただ、そこでいくつもの年を越えてきたんだろうか。
2006年01月04日
街中の神殿

ローマの夜はあわい白熱電球のような色に包まれていた。
多くの建物は大理石ででてているのだろうか、
年代感じさせる石にオレンジの光が溶け込む。
夜もうっすらと賑やかなこの町。
通りがかりに切ったシャッターにも名も知れぬ温かい光が神殿と映っていた。
2006年01月05日
フェレンツェの夕暮れ
フェレンツェに来て一人、野宿をしている公園へと向かっている時だった。
そこにはあまりにも綺麗な夕暮れ。
橋の上からゆっくりとシャッターを切る。
人々は家路につく頃だろう、遠くから人のざわめきが聞こえる。
僕の手には今日の夕ごはんが少し。10月の風は少し冷える。
野宿には辛い季節になってきた。


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